ソノヒノ

その日の思考と行動

言祝ぐ、という発想

言祝ぐ、という発想について。

 

私に言わせれば、あるいは仏陀に言わせれば、人の人生というのは苦しいもので、

苦しみに耐えつつ生きている人々の集合体たる社会も怒りと苦しみに満ちている。

 

満員電車は、不快を我慢し合う場所だし、

多くの会議は、無駄を許容し合う苦しさを耐え忍ぶ場所だ。

※私ごとき弱小サラリーマンの場合だが

 

恋人は決して自分の思い通りにはなってくれないし、

好きな人に振り向いてもらえるかもわからず、

振り向いてもらってもそれが長続きするとは限らない。

 

友人は疎遠になりえるし、完全な理解をしてくれるわけでもない、

親は自分とは違う生き物なのに、同化を求めるし、世代間の溝は埋めがたい。

 

望んだ生き方は簡単には達成できず、

思い描いた未来は簡単には近づいてくれない。

 

苦しみは連鎖し、抜け出すことは困難だ。

努力の末に得た理想は、あっという間に価値を失い、色を失う。

 

次から次へと目標は出てくるし、終わりのない馬車馬の如き人生は続く。

 

それでもなお、

そんな人生でもなお、

言祝ぎたいと思う。

 

苦しみは続き、悲しみは止まず、怒りは増長する。

それらの事象、感情、心の全ての問題に対して、

敵対するでもなく、否定するでもなく、批判するでもなく。

 

私は、言祝ぐ、というスタンスを取りたい。

 

所詮、長くて100年ちょっとの人生。

所詮、消しても消しても苦しいは日々増えてくるのが人生。

 

諦観し、静観して、ゆっくりと、そんな生を肯定する。

言祝ぐ。

祝いの言葉、優しい言葉、同じ高さでよりそう言葉。

 

そういう言葉を紡ぎ続ける、そんな人生を送りたい。