アルパカンガエ

アルパカタログ中の人のブログエッセイと日記

「いかがでしたか?」という恐怖

他のブログを読んでいると、最後に出てくる共通文言がある。

「いかがでしたか?」だ。

 

記事を読むたびに、聞かれる。怖い。

日常生活で、いかがでしたか?なんて聞かれること無いのに、

ネット世界では常に聞かれ続ける。

 

コンビニで、

「いらっしゃいませ、ここまでの道すがら、いかがでしたか?」

コカ・コーラ1点、お会計90円になります。いかがでしたか?」

「おつり10円になります。ありがとうございました。いかがでしたか?」

と言われるような気持ち。

アマチュアの視点で語ることの価値

マチュアの視点で語ることの価値について。

 

私はプロの批評家ではない。

以下の記事を見て、そう強く実感した。

 

僕がプロフェッショナルの批評行為で1番やっちゃいけないと思ってるのは、フェティッシュを持ち込むことなの

菊地成孔が語る

 

もちろん映画の見方、作品の見方、物語の受け取り方は自由だ。

ただ、私はフェティシュを語りたいし、趣味的でいたい。

 

物語を語ること。

それを生業にできたら嬉しい。

しかし、そうなったとしても今の立ち位置は崩したくない。

 

何も考えずに「楽しかった」という感情的な感想と、

物語の創り手、分析・批評する立場から見た構造的な見方と、

その中間でありたい。

 

誰かへの価値提供という側面を抜きにして、自分にとってなぜあんなに映画が面白かったのか、あるいはつまらなかったのか、を考えることは愉悦である。

 

押井守の言葉「フェティッシュを語ることは、自分を語ることだ」というのが脳から離れない。

フェティッシュの大本にたどり着くことで、自分でも気づかなかった自分の見方、常識、偏見に気づく。

 

山登りをして山頂についたときの開放感、見え方に近のかも知れない。

これ以上先にはいけないし、ココから見える景色が全てだろう、という。

 

山の大きさは個人の感性と才能によるものだろうし、それは多角的だ。

 

新たな作品を通じて、自分の中の次の山を登る。

山登りを通じて、自らの内面世界に広がる新たな景色を見ること。

 

それが創作を見るひとつのキッカケだし、価値である。

やる気が無いときの転換方法

昨日は、たぶん6記事くらい書く。

計測するのが面倒くさくなって、とりあえずやりまくっている状況。
管理者としての自分の時間を減らした方が集中できる。

 

やる気が無くなる時、転換方法というか、自分をコントロールする術を徐々に見つけつつある。

  • 音楽をかける
  • とりあえず散歩に行く
  • 他のサイトを見る

など

 

集中状態から外れることが重要なのかも。

この辺は森博嗣の「集中力はいらない」を読んだ影響かもしれない。

 

視点をずらす、自分の思考のやり場をずらす。

そうすることで、脳の飽きがリセットされるのかもしれない。

 

意識を凌駕する無意識の「面倒くせえ」という感情に抗う術は自分なりに見つけるしかない。

 

逆に効果がなかったのは

  • トイレに行く
  • コーヒーを飲む
  • とりあえず座るのをやめて立つこと

など。

脳への血流の問題かなと思うが、短時間の行動ではあまり効果がないようだ。

 

もしかしたら筋トレ、HIITなど激しい運動をした方がやる気が出るかも知れない。

試してみよう。

雑記ブログという自由帳

雑記ブログではじめたアルパカタログ。

※ちなみに元々はアルパカの知恵というタイトルだった

アルパカタログ | 総合エンタメメディアを目指す趣味全開の雑記ブログ

 

雑記、特化、資産、トレンド。

どれもこれも、ブログを始める前には馴染みがなかった言葉。

 

某ヒトデさんに影響されてはじめたブログだったこともあり、雑記ブログという入り口から入った。

これが正解だった。

 

自分自身の分裂する人格というか、思考みたいなものを納めるにはちょうどよい。

なんでも書けるからこそ、筆は止まないし、楽しめた。

 

音楽、映画、アニメ、漫画、小説、舞台、お笑い、ネット。

あらゆるメディア・媒体への興味が雑多な自分を表現する場となった。

いうならば、自由帳である。

 

どれだけ落書きしても良い。

どれだけ書きなぐっても良い。

 

不出来なページは破ってもよいし、前のページをうっすらとぼやかしながら、類似の絵を描いても良い。

全ては自由であり、全ては着想である。

 

しかしながら10ヶ月もやっていると、自然と背景線みたいな物が見えてくる。

過去の記事の残影、周囲の反応みたいなものが蓄積されていくのだ。

 

その無数にははりめぐされた補助線は、方眼ノートの如く、思考を制限する。

自由な曲線は消え失せ、型にはまった直線を書いていた。

 

自由は常に移り変わる。

また、新たな自由帳を求めて、旅立つ時が来たのだと思う。

ブログをはじめたことによる変化

2018年2月にブログをはじめて約8ヶ月が経過した。

アルパカタログ | 総合エンタメメディアを目指す趣味全開の雑記ブログ

 

大いなる躍進やら、友達がたくさん増えたやら、人生変わりました!

…みたいなことを大声で語れるほどの実績ではない。

 

しかし、変化はあった。

 

趣味であるエンタメ作品を読むこと、観ること。

それに付随して考えていた諸般のこと。

その作品が持つ意味とは、作者の意図とは、物語の価値とは何か。

 

いうなれば思考であり、洞察である。

 

元々は内面でゆっくりと熟成されていたそれは、ブログという場を得ることにより、腐ること無く離散することもなく、たしかな言葉となってこの世に残ることになる。

 

形になること。

生きた証になること。

 

それ自体が価値を持つわけではない。

しかし、脳という暗室から陽の目を浴びた思考は、誰かのもとに届き、他者の脳の電気回路の一部となって、この世を循環する。

 

ジーンというよりも、ミームとしての自身がそれを喜ぶ気がしている。